伊藤伸平合衆国滞在始末
デンバー編Part2


 9月25日 土曜日

 今日からコンベンション本番。しかし朝から雲が低く垂れこめ肌寒い。もともとデンバーは高地、気温は低めで着いた日は小春日和ってぐらいのイイ感じの気候だったが、今日の天気は客足にひびくかも、などといらん心配。実はこの週末は近所でSF関係の大きなコンベンションがあるとかで最初から客の入りは期待されてなかったらしい。それでも会場はそれなりの人出であった。コンベンションの構成は、アニメ上映等のイベントとディーラーズルームに大別される。ディーラーズルームとは、業者やアマチュア、或いはアイアンキャットのような出版社が各々ブースを取って商品の即売をやるスペースで、かつて一本木蛮やおだぎみをと参加したコンベンションでは彼女らもブースを貰って同人誌の即売をやってたりした。加藤礼次朗(バカ)なんかは秋葉原で100〜200円のエロ同人誌を段ボール箱いっぱい2〜3箱仕入れて5〜20ドルで売り捌くという悪鬼の如き所業にて結婚資金を稼いでおる。俺は売るのはスキルだけ、などとカッコつけていたので暇ぶっこいていたモノじゃが今回はそうはいかぬ。アイアンキャットのブースに座り、俺の本のサイン即売会である。っつうか本来俺のコンベンションの使命ってソレなんだよな。初めて参加したアトランタのAWAではそうしてたもん。何で最近は暇ぶっこいていたんじゃろう。まあよい。スティーブは日本にいた時、アニメーターとして不法就労して「うる星やつら」の動画なんか描いてやがった事がある。どういう経緯でかそういう経緯でアメリカに於ける「日本マンガおタク界」(日本マンガおタク界!?)の著名人である。オープニングセレモニーでは彼が舞台に上るとスティーブコールが湧き起るしブースに座っていると彼にサインを求める人も多い。おまけに香具師の才能がある事も発覚。この男とがいると人だかりが途切れず、本も飛ぶように売れて行く。デブだけど。彼はサインの横にさらさらとスケッチなどして気が利いている。アイアンキャットのブースはディーラーズルームの外になったがそこへの通り道。会場を訪れるコスプレヤーなども数多い。そんな人達の似顔絵風キャラをサインの横に入れるスティーブを真似てみると仲々評判がよろしい。しまったと思った時には遅く、街の似顔絵描きと化している俺。また欧米人の起伏のある顔ってキャラクター化しやすいのかウマいのよ俺。図に乗ってるうちに中学生ぐらいのメガネっ娘が現われる。名前はコートニー。…ちゃん。俄然差別化を図る俺。コートニーちゃん、もしかしたら小学生かも知れん。うおおっそしたら俺、犯罪者じゃんって、どしたら犯罪者かわからんコトを考える無害な中年紳士、それは俺。アイアンキャットでは本を買ったお客にEメールアドレスを書いてもらっている。それを見たサチコさんが俺に耳打ちする。

「コートニーちゃんと同じプロバイダーに入ればチャットができるかも知れないよ。」
「ふっふっふっエッチなメール送っちゃおうかなあー。」

 腐ったものを見る目をしたサチコさんの悪罵を背にパネルディスカッションの会場へ。パネルってもまあアイアンキャットの宣伝コーナーみたいなもンだが、20人くらいの寂し気な人の入り。しかし質疑のほうはそれなりに白熱したモノとなった。

「このように日本のマンガやアニメがアメリカで一般的になるとアメリカ文化が日本文化に浸蝕を受けるとは思いませんか。」
「フランス人みたいなコトを言うな。」
「は?」
「ハリウッドの文化がどれほど世界を浸蝕しているかを考えればポケモンの影響など微々たるモノでしかありえない。現にフランス人は自国の映画文化を守るためにアメリカ映画の公開に規制を加えている。」
「あなたの作品では女性が男性に暴力を振るうものが多いがそういうシュミがあるのか。」
「う?」
「う?じゃなくて。」
「うー。」

考えたコトもなかったぜ。でも男が女に暴力を振るう漫画って気をつけないとシャレになんないしなーモニュモニュ…。歯切れの悪い俺。
 なんとかパネルをこなし表へタバコを喫いに出る。あっタバコがない。空箱を持ち歩いていたのだ。普段あまり喫わないケヴィンがたまたま持ってたタバコをくれる。なんか色んな人にタバコを恵んでもらってるな今回。

 恒例のマスカレイド。まあコスプレコンテストのコトである。ゲスト審査員として最前列かぶりつき。しかし今回は地味な印象でおねいちゃん達の露出度も低め、参加者も少なめだ。まあ裏でSF大会もあるし、こう涼しくっちゃヘソも出る気にはなるまいが。着物を着て登場した人もいた。コレってコスプレかなあと思いつつ1人で着付けをしたというコトで特別賞。俺は「らんま1/2」のパンダの着ぐるみのおっさんに特別賞を出した(写真4)。このテのかぶりものが大好きなのだ俺は。マスカレイド終了後は即席の撮影会となる。同じく審査員だったアマンダとティファニーは人気者で色んなところで参加者に囲まれていた。俺もスタッフと記念撮影。隣りに並んだアマンダに耳に舌を入れられる。いじり易そうだもんな俺。そらキモチいいけどさあ。何かまたハナ血が出た。若いな俺も。


写真4

 ホテルの向かいのステーキハウスでディナー。もういちいち食い物に戦いを挑むのはやめてチキンソテーあたりにエリ首つかまれてもおとなしくしている事にする。サチコさんとケヴィンは自己申告によると疲れて寝てしまったとかで来ない。俺はゼッタイヤってると睨んだね。スティーヴとスコット・フレイザーが時々通訳してくれる。俺の映画は中学英語なので皆さん解ってくださるのだが、皆さんの仰るこたあ丸っきり解らない事がある。声質にもよるみたいだ。しかしアマンダが例の障害者にからまれた話を再たび披露したのはわかった。モノマネつきだから。やめようよそういうネタはホントに。でも爆笑。だって面白いんだもん。ウケて図に乗るアマンダ。今度は知ってるお下劣な日本語を披露。

「ヌレヌレなの。」
「ペロペロしてほしいの。」
「おマンコ。」

こらあーっ!!誰だ九官鳥にヘンな言葉教えたのわぁっ!



 9月26日 日曜日

 すっげえ寒いっ!!冬じゃん!雲低いしっ!!来る前はアロハでも平気っスよおって言ってたスタッフがジャンパー着てるじゃんジャンパーっ!どうも昨夜はやけに生温かいと思ってたらこの前兆か。本日はコンベンション最終日、しかしサチコさんは本業の都合で午前の便で日本へ帰る。ロビーへ見送りに出る。

「ゆうべヤってたろう。」
「ヤってませんよ!」

朝から人の婚約者にセクハラである。

「じゃ何で晩飯に来なかったよ。」
「疲れて寝ちゃったんですよ。」
「あ。毎日寝不足になるほどヤってたんで最終日は疲れちゃったというワケだな。」

餞別に日本から持ってきたガムを渡す。目の前で婚約者が凌辱されているのを知ってか知らずかにこやかなケヴィンに送られ空港へ向かうサチコさん。彼女が、自宅の鍵はケヴィンが持っている、という事に気づくのは、まだ17時間も先の事である。

 ケヴィンが空港から戻り、スティーヴらとブースへ。昨日はちょっとサービスしすぎた。今日はおとなしくサインだけ。しかしコートニーちゃんがお友達をつれてやってきた。コレはスケッチもせざるを得まい。他のお客様もそれを見て集まり出す。結局似顔絵屋の俺。まあ1年近く遊び呆けたしリハビリ代わりに丁度よい。しかしそこのカップル!描いてくれと言ってひしと抱き合うなクソっ。仕合わせいっぱいの2人の名前を尋いてハートマークに書きこんでやる。我ながらハラが立つほど旨く描けた。と思いきや観衆から拍手が沸く。テレるねどうも。

 アートコンテストの審査もやる事になっているらしく、会場へ移動。改造フィギュアや自作イラスト、セル画と統一性のない出品作の中でひと際目を引いたのがダンボール製SDガンダム(写真5、6)。身長約1.5m。中に人がかがんで入り各部可動。頭部バルカン砲からはピンポン玉が飛びだすという。審査はあらかた終わっていて、優秀作品は既に選抜済み。俺達の仕事はスティーブ賞とシンペイ賞の選考である。ちょっと前衛っぽい手のかかったイラストを選ぶ。あとで聞いたら隣りのブースのアート集団、パンサーコミックの作品であった。御礼だと言って本とそのイラストの紙焼きをくれる。いい人達だ。


写真5

写真6

 さて時は夕刻、コンベンションもお開きの時間。クロージング・セレモニーは盛大な拍手でしめくくり。あっさりしたもンである。スタッフは別室で反省会に移る。待ってる間ケヴィンが何くれとなく世話を焼いてくれる。打ち上げ用に用意されたケーキをつまむ。ウマくって泣きそうになる。聞けばオーブンいらずのインスタントケーキだそうで、ホンっト加藤礼次朗(バカ)が言ってたけど、アメリカってつまんない食いもンがウマい。ついでにピザもつまむ。ウマい、ウマいよう。泣きながら打ち上げ部屋を出ると、一部のスタッフやゲスト相手の即席サイン会が部屋の外で始まっている。スティーヴ、スコット・フレイザー、そして俺で、名札用のバッジにサインとスケッチを。向こうのほうでアマンダが襟ぐりの深い服の胸のところにスコット・フレイザーのサインをもらっている。見ないフリをしてスタッフの息子にサインをする。が、ふと目を上げれば満面の笑みをたたえたアマンダが襟を開いて立っている。いじり易そうだもんな俺。でもアマンダ、コレ油性ペンだからさ。ちっちっちっちっちっと首を横に振られた。もぉじゃ知らんぞ。おっぱいをかきわけ、谷間ン(小さい字)所にサインする(写真7)


写真6

やーらかかった。手の匂いをかいでいると、マイケル・ブラディーが話しかける。

「あなたの作品を見た。ほんとに素晴らしいと思う。」
「いやいや、ありがとうございます。」
「最高だ。あなたの『モルダイバー』は。」
「はうっ・・・!」

アメリカでは「モルダイバー」の漫画は出版されていない。彼が見たのはアニメ版にちがいない。俺は漫画化はしたが、「モルダイバー」のアニメはその時点で既に製作が始まっていて、俺の手は加わっていない。どうも一時期アイアンキャットが誤解してそのように俺を紹介したのが原因らしく、一部のコンベンションでは俺が「モルダイバー」のクリエイターだと認識され、公式パンフレットでそう書かれた事もある。「モルダイバー」のアニメビデオはアメリカで結構な人気で、俺としては甚だ面目ない次第である。良くも悪くも俺の漫画版「モルダイバー」は、アニメとはかなりベツモノになっているのだ。今回もスティーブを通して訂正する。自分はあとから漫画化しただけで、クリエイトはしていないと。しかしマイケル・ブラディー、

「そうか。しかしあのアメコミ調のキャラクター造型は本当に感心した。」

どこかで行き違いがあるようだ。こうなると言葉の壁がもどかしい。もどかしさのあまりほめてくれるんだしソレでいいか、とか考え

「これからも頑張ります。」

と、微妙なコトを言い出したりしています、北爪さん、ゴメンなさい。

 コンベンションの無事終了を祝してホテルのバーで一杯やる。スティーヴ、ケヴィンと飲んでいるとジェイスン・リーも加わりしばし歓談。ケヴィンが片言のニホン語で通訳してくれる(写真8)。スティーヴは飲むより食う。明朝はゲスト一同9時前後の便に乗るため早めに切り上げる。


写真8

 寝しなにスティーヴが部屋を訪れ、スタッフ達のための色紙を3枚書いてくれんかと言う。お安い御用である。と、思いきや絵に時間をかけすぎ3時になっても終らない。外にタバコを喫いに出ようとドアを閉めたところで鍵を部屋に忘れた事に気がついた。閉め出されてしまった。…居直ってタバコを喫いに出る。一服していると近所のデニーズからスティーブらが帰ってきた。最悪の場合は彼らに泣きつこう。しかし外は息も凍る寒さ、一同ジャンパーやコートを羽織っている中スティーヴは短パン。血圧に気をつけろスティーヴ。スティーヴらと別れフロントで新しい鍵をもらう。カードキーだから再発行は簡単。英語もちゃんと通じた。色紙を書き終え荷造りを終えると4時。寝る。



 9月27日 月曜日。

 朝6時半に無言電話で起こされる。二度寝のあと7時にケヴィンから電話。先程の電話はサチコさんだとの事。有難い。7時半にロビーへ降りると、昨日帰ったティファニー・グラントと、遅い便で発つスコット・フレイザーを除くゲストが既にクルマを待っている。ふとアマンダを見ると胸が真っ赤になっている。油性ペンおとすのにだいぶ苦労したと見える。顔を見合わせ爆笑する。コンベンション・ディレクターのショーン・イーソンとベッカーも見送りに。名残りを惜しみつつ一同ステファニーの運転で空港へ向う。空港まではおよそ1時間半の道のりと聞いていたのでギリギリかと思ったが、ステファニー、車線を右に左に飛ばすこと疾風の如しだ。しまいには

「Get out on my way!」

とまで叫んでくれる。「シートベルトを締めたほうがいいですか?」という英語を思い出しているうちに空港到着。1時間しかかからなかった。他の面子はカリフォルニアへ、俺は再たびソルトレイクシティー経由で今度はシアトルへ向かう。彼らと別れ、俺とステファニーはソルトレイクシティー行きの便のゲートへ。実に慌ただしい。ゲートでは既にファーストクラスの搭乗が始まっていた。ステファニーにお別れの挨拶だ。

「帰りに鳥を殺すな。」

 かくして俺は機上の人となった。シアトルではボーイングの工場とマイクロソフト本社の見学が待っている。この日、昼近くになってデンバーは大雪が降り、スティーヴの乗る飛行機は出発が遅れてタイヘンだったりするのだが、俺は雲の上でしばしの惰眠を貪るのであった。

 ーーシアトル篇に続くーー